福島原発事故で自ら被災者となった女性映画監督が自らの妊娠、出産を描いたドキュメンタリー今春上映

福島原発事故から間もなく5年。事故直後、取材をしていた映画監督の海南友子(かなともこ)さんが、現場の福島で自らの妊娠に気づいてから、出産までを描いたセルフドキュメンタリー「抱く{HUG}」(ハグ)の試写会が都内で行われた。

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福島原発事故取材中に知った自らの妊娠。今春、公開される「抱く(HUG)」は、原発事故の取材、京都への避難、出産まで、自らの体験を撮ったセルフドキュメンタリーだ。

不妊治療を続け、諦めかけていた中で突然、知った自らの妊娠。うれしい気持ちの一方で、高い放射線の中で取材を続けたことへの後悔、そして、福島で出会った母たちの苦しみが自分のことになった瞬間だった。原発事故により突然、ごく当たり前だった日々の暮らしがすべてが変わってしまった。

取材を続けるべきか、迷い、苦しんだ末、「なにもかも変わってしまった世界」で、母となる意味を記録するため、カメラを回し続けることを決意する。自らも被災者となった体験に、被災地から避難した母親たちへのインタビュー、津波の被害を受けた街などの取材を加え、完成した作品が今春、全国で公開される。

海南さんはNHK報道ディレクターを経て独立し、映画監督としてこれまで環境問題や、逆境に生きる人々に焦点を当てた作品を発表してきた。「抱く(HUG)」は、福島原発事故直後の現地の様子、そして、取材を続けるさ中で知ることになる自らの妊娠、そして出産までを映像で映し出す、自身の体験をもとにしたセルフドキュメンタリーだ。

テーマの性格から大口のスポンサーが集まりにくいことが予想されたため、インターネットのクラウドファウンディングで寄付を募り、制作費にあてた。

海南さんが福島原発事故のニュースを聞いて、まず、頭に浮かんだのは現地を取材することだった。原発付近に住んでいた人を取材するため、すぐに現地に向かった。

原発半径20キロが統制区域に指定され、国がマスコミの接近を封じる中、海南さんはフリーのドキュメンタリー監督という立場であったため、区域内に立ち入ることができた。

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「原発を止めたいという母たちの想い、その小さな種をこれからも捲いていきたい。ドイツでは再生可能エネルギーの人気が高い。日本でもそうしたムーブメントができればいい」と語る海南さん。

「知人のジャーナリストたちが、劣化ウラン弾により、放射能で汚染されたイラクの戦場を取材するという話を聞いて私は怖い、とてもできないと思った」と語る海南さん。行動へと突き動かしたのは、「現場を見て伝えなければいけない」というジャーナリストとしての責任感だったという。

原発から半径4キロ地点まで近づいた地点は、線量計が正常に動作しないほどの放射線量。原発に問題はないと政府が繰り返した説明がウソだということが分かった。

体調不良のため、行った現地の病院で告げられたのは自らの妊娠だった。燃料棒が溶け落ち、線量計が鳴り響く中での取材で、セシウムの粉塵を吸い込んだ。「お腹の子ども被ばくさせたかもしれない」と自らの行動を深く後悔した。

いったん夫の実家である京都に避難。その後、京都、岡山などのほか、福島から避難した母子など200人にインタビューを行った。

「取材する立場だった私が、急に自分自身も被災者となりました。生まれてくる子どもに放射能の影響はないかと、悩みました。そして、多くの母親たちが私と同じように不安を抱え、すべてを捨て、安全な場所に避難していることを知りました。その多くは弱者であり、声をあげられない人たちでした」。

映画では原発事故に今も苛まれる人々の苦しみと恐怖、日々の生活の苦労を映し出す。自身と我が子を危険な状況に置く立場から取材した表には出てこない人々の声、苦悩する被災者の声からは、原発には大きなリスクがあるのだということがよりリアルなものとして伝わってくる。

海南さんはその後、無事、男の子を出産し、現在、2歳になった。その一方で、事故から月日が経過し、人々の関心は薄れ、国内では原発再稼働の気運が高まっている。

「日々、私たちが使っている電気は福島で作られており、その責任は消費者である私たちにもある。取材を通して悩み、悲しむ多くの母親たちに出会いました。そして、人々から普通の暮らし、安全を奪う、原発はなくならなくてはいけないと思いました。原発を止めていく小さな種に、そして、新しい社会を作っていく灯になっていきたい」と海南さんは語った。

「抱く(HUG)」の上映は誰でも開催でき、市民上映会の希望者も募集している。

問い合わせは、ユナイテッドピープル株式会社。

TEL:090-8833-6669   メール  http://unitedpeople.jp/contact

 作品公式サイト www.kanatomoko.jp/hug 

(ライター 橋本滋)